蔵の歴史

1885年(明治18年)創業

 

薬屋を営む家に生まれた「荻竹次郎」は、医学習得のため長崎に遊学中、近代酒造技術の祖と云われる「梶山儀四郎」氏と宿舎を共にしたことを機に意気投合し、酒造りに深く興味を抱くようになりました。やがては酒造りを志すこととなり、故郷の杷木に帰ると弟の芳太郎や親戚の協力を得るなどして念願であった酒蔵「荻酒場」を創業しました。

 

(写真は晩年の荻竹次郎)

 

荻酒場では、梶山氏より譲り受けた教書を基礎とした醸造酒造りを軸に、粕取り焼酎のほか、当時の福岡県ではまだ珍しかった、現在のようにもろみをそのまま蒸留する「もろみ取り焼酎」を製造していました。

 

(右画像は現在も残る梶山氏著の酒法教文)


1915年(大正4年)6月 法人組織「朝倉酒造株式会社」設立

 

法人化を行い初代竹次郎から蔵を引き継いだ弟の芳太郎でしたが、志半ばにして他界。もっぱら指導者として他の蔵に出向いていた竹次郎が再び蔵に入ることになりました。


1940年(昭和15年)

本格焼酎専業蔵となる

 

戦時中の米不足により、比較的確保できる原料であった麦や芋、雑穀を主原料とする焼酎造りに専念。清酒造りを断念し、以来焼酎専業蔵となりました。


1950年(昭和25年) 

株式会社荻商店 に社名変更

宝珠山の炭坑が隆盛を極めたこの時代、麓の街である杷木はその影響でとても栄えました。そして、炭坑やその周辺の農村部を主な商圏として蔵も発展していきました。3代目実造自身も蔵に入る前は測量技師として炭坑に勤務していました。


1968年(昭和43年) 

ゑびす酒造株式会社に社名変更

 

一人娘である田中みよと結婚し「荻」から「田中」へと姓が変わっていた実造は荻商店からの社名変更を思案。当時の主力銘柄「福徳戎-ふくとくえびす-」に因んで「ゑびす酒造株式会社」としました。

 

 

(写真は杷木商店街にあったゑびすのネオン看板)


1969年(昭和44年) 樫樽貯蔵の本格焼酎「らんびき角」発売

 

3代目実造は、これまで地の酒として親しまれてきた「福徳戎-ふくとくえびす」に加え、より都会的で洗練された商品造りを模索していました。昭和30年代から取り組んできた樫樽貯蔵酒の商品化に向け、蔵に入った4代目勝海と試行錯誤を重ねた末、銘柄は「らんびき」、6年貯蔵の40度として発売に至りました。


1975年(昭和50年)頃~

 

10年貯蔵の「らんびきGOLD」を発売して間もなくの頃、第一次焼酎ブームが起こり、本格焼酎が市民権を得ていくなか「らんびき」も出荷量を伸ばしていきますが、貯蔵に時間を要するため、出荷調整を余儀なくされます。限りある出荷を続けながら、少しずつ貯蔵量を増やしていきました。

 


1982年(昭和57年) 福岡県本格焼酎鑑評会 初回県知事賞受賞

1984年(昭和59年)      同     第3回県知事賞受賞

 


1992年(平成4年)11月 古久蔵初蔵入れ

1997年(平成9年)   同    初蔵出し

 

福岡県特産焼酎組合による甕貯蔵「古久」事業は、福岡県の本格焼酎の産地イメージ向上のため10年以上の準備期間を経て実施されました。廃線になった鉄道のトンネルを整備し、年間を通じて15~16度に保たれた自然環境のなかで、ゆっくりと熟成の時を重ねます。


2006年(平成18年) 直売店 ALEMBIC 開設

 

お客様との交流の場、情報発信の窓口として直売所をオープンしました。


2012年(平成24年) 福岡県酒類鑑評会 

              ◎県知事賞受賞

              本格焼酎 長期貯蔵(大麦)の部 「古酒ゑびす蔵」


2013年(平成25年) 第二回福岡県酒類鑑評会 

              ◎県知事賞受賞

              本格焼酎 長期貯蔵の部 「福徳戎」

              ◎県議会議長賞

              本格焼酎 長期貯蔵(大麦)の部 「古酒ゑびす蔵」

              平成25年福岡国税局酒類鑑評会

              ◎大賞

              本格しょうちゅうの部 「福徳戎」